フロリアン・ヴィルツが、インタビューで自身の原点からリヴァプール移籍の決め手、そしてチームメイトであるエキティケへの率直な驚きを語った。
「練習で初めて見たとき、あんなに凄い選手だとは思っていなかった」——この一言は、今季アンフィールドで急速に深まる両者の連係を象徴している。家族との思い出、シャイだった少年時代、父が運営するクラブでの原体験、レヴァークーゼンでの成功、そしてファン・ダイクやサラーから届いたメッセージ。ヴィルツの言葉は、リヴァプールでの現在地と未来像をはっきりと映し出している。
Q:サッカーを始めた最初の記憶は?
「地元の町だね。たぶん姉と一緒にサッカー場で遊んでいた時だと思う。」
Q:最初のクラブ名は?
「ドイツ語で言うと、SVグリューン=ヴァイス・ブラウヴァイラー」
Q:お父さんがそのクラブの会長なんですよね?
「父は“何でも屋”なんだ。父がいなければクラブは成り立たない。日曜には自分でピッチのラインを引いたり、本当に何でもやっている。僕には他の選択肢はなかった(笑)。父は最初のコーチでもあったんだ。僕には少し厳しかったけど、それが助けになったと思う。」
Q:自分がプロになれると感じたのはいつ?
「かなり早い段階だった。学校や路上でサッカーをすると、僕のチームはいつも人数を減らされていた。『相手チームに人が必要だから』と言われて。たぶん、上手いことは分かりやすかったんだと思う。」
Q:大きなクラブに初めて入った時のことは覚えていますか?
「6歳か7歳の頃だ。レヴァークーゼンとケルンのどちらに行くか選んでいた。僕はとてもシャイだったから、本当は友達と地元のクラブに残りたかった。でもケルンは熱心に誘ってくれて、良いコーチや良いチームがあることは重要だった。」
Q:レヴァークーゼン時代は素晴らしかったですね?
「その後9年半を経て、レヴァークーゼンに移籍した。それは僕にとって一番重要な決断だった。最初は『ブンデスリーガの選手になれたらいいな』くらいにしか考えていなかった。クラブ史上初の優勝、しかも無敗。それが今までで最大の達成だ。」
Q:なぜリヴァプールが正しい選択だった?
「ここならもっと成長できる。もっと大きな選手なやなれると思った。加入前に監督ととても良い話ができたし、何人かの選手も連絡をくれた。ファン・ダイクやモハメド・サラーもメッセージをくれた。来てほしいと頼まれたわけではなく、リヴァプールの雰囲気を伝えてくれたんだ。そういう言葉が決断を助けたと思う。」
Q:序盤は苦しみましたが、どう乗り越えましたか?
「すぐに成功したかったけど、そうはいかなかった。でも『ドイツであれだけできたんだから、ここでサッカーを忘れるはずがない』と自分に言い聞かせていた。家族や友人の支えも大きかった。今は開幕当初よりずっと良い感覚だ。」
Q:エキティケはどんな選手?
「特にウーゴ・エキティケとプレーするのは楽しい。正直ここで一緒に練習して初めて『こんなに良い選手だとは知らなかった』と驚いたよ。彼は動き出しや連携が本当に上手く、一緒にプレーするのがとても楽しい。」
Q:オフの日は何をする?
「最近はパデルにハマっている。ドミニク・ソボスライとミロシュ・ケルケズと行くんだ。ジェレミーは自分が上手いと言うけど、まだ見たことはない笑」
Q:どんな子供でしたか?
「とてもシャイで、いつも姉たちの後ろに隠れていた。10人きょうだいの末っ子なんだ。姉はヴェルダー・ブレーメンでプレーしている。今でもお互いの試合をチェックしているよ。」
Q:あと一つだけ達成できるなら?
「ワールドチャンピオン。」
Q:この夏のワールドカップはどうですか?
「簡単ではないと思うけど、どうなるか見てみよう。僕たちはみんな優勝するためにそこへ行く。難しい大会になるけど、できるだけ上まで勝ち進めたらいいね。」
ヴィルツの証言が示すのは、単なる好調の理由ではない。エキティケとの相性、仲間からの信頼、環境への順応、そして「もっと良い選手になれる場所」としてリヴァプールを選んだ確信だ。
シャイな末っ子が、欧州最高峰の舞台で中心になりつつある。その歩みの先に彼が見据えるのは、ただ一つ——ワールドチャンピオン。アンフィールドで築かれる連係は、やがて世界へとつながっていく。
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