アンソニー・テイラーがBBC Sportのインタビューで、これまでに「審判を辞めようと考えた瞬間があった」ことを打ち明けた。
さらに、昨年ローマのサポーターから空港で嫌がらせを受けた事件以降、家族は一切ビッグマッチに同行していないことも明らかにしている。
「もうやめようかと思った」──トップレフェリーの苦悩
「正直言って、“もうやめた方がいいのではないか”と思ったことは何度もありました。私だけじゃないと思います。『言われていることはまったくの不公平だ』と感じる場面も多いです。」
そう語るテイラー氏は、2017年と2020年にFAカップ決勝の主審を務め、
10年以上にわたりFIFA国際審判員リストに名を連ねる経験豊富なレフェリー。
2022年のカタールW杯にも選出され、翌年にはヨーロッパリーグ決勝(セビージャ対ローマ)を担当した。しかしその試合が彼のキャリアにおいて“最も過酷な夜”となった。
【2023年EL決勝】空港で襲われた悲劇──「家族も一緒だった」
試合では13枚のイエローカードが飛び交う荒れた展開となり、PK戦の末にセビージャが勝利。
当時ローマを率いていたジョゼ・モウリーニョ監督が判定に激しく抗議した直後、テイラー氏は空港で怒り狂うローマサポーターに取り囲まれた。
映像には、椅子や飲み物が投げつけられ、家族とともに避難する姿が映し出された。
「あれは間違いなく、私が経験した中で最悪の出来事でした。家族と一緒にいたこともあって、本当に辛かった。人々の行動がどれだけ他人に影響を与えるかを思い知らされました。いま思えば、家族を連れて行ったこと自体が間違いだったかもしれません。」
そして彼は静かに続けた。
「家族はあの事件以来、一度もビッグマッチには来ていません。」
「レフェリーを攻撃する文化がまだ残っている」
テイラー氏は、サッカー界に根付く“審判を威圧する”風潮にも警鐘を鳴らした。
「私たちにはいまだに“審判を囲んでプレッシャーをかければ判定を変えられる”という古臭い心理戦の文化が残っています。これは根本的に変えていく必要がある。」
チェルシー戦での判定にも再び批判が集中
最近では、チェルシー対リバプール戦(2-1)での判定を巡り、再び批判の的となった。
試合終了間際、チェルシーのマレスカ監督が勝ち越し弾を喜んでタッチラインを走り抜けた結果、
2枚目のイエローカードで退場処分を受けた。
テイラー氏は『The Times』の取材に対し、次のように語っている。
「もちろん彼を退場させたいとは思っていませんでした。ですが、2年前に全クラブが“参加者行動憲章(Participant Behaviour Charter)”に署名したんです。ルールを破れば、審判として対処しなければなりません。」
リバプールの開幕戦でも対応──人種差別被害を受けたセメニョに寄り添う
テイラー氏はまた、今季開幕戦のリバプール対ボーンマス戦(4-2)で発生した
人種差別事件についても言及した。
この試合では、ボーンマスのアントワーヌ・セメニョ選手が観客から差別発言を受けたとして、
試合が一時中断された。
「明確な手順はありますが、最も大切なのは“被害を受けた選手”です。その瞬間はすべて、アントワーヌの気持ちを中心に動く必要がありました。彼が“話を聞いてもらえた”“対応された”と感じることが重要です。」
試合後、セメニョ選手・監督・警察と協議を行い、
「最終的に彼は“正しく対処された”と感じてスタジアムを後にしました。」
と述べ、リバプールのセキュリティチームの迅速な対応も称賛した。
「レフェリーも人間」──メンタルヘルスデーに寄せて
今回のインタビューは、「世界メンタルヘルスデー(World Mental Health Day)」に合わせて実施されたもの。
テイラー氏は最後にこう語っている。
「レフェリーも人間です。経験を積んでも、言葉や行動が心に傷を残すことがあります批判の文化を少しでも変えていきたい。私たちはゲームの一部であり、敵ではないのです。」
アンソニー・テイラーは、リバプール戦での判定を巡り何度も議論の中心に立たされてきた人物だ。
しかし、今回の告白からは、彼がひとりの人間としてどれだけのプレッシャーと闘っているかが浮かび上がる。
試合を裁く者へのリスペクトが欠けたままでは、いずれ“審判をやりたがる人”そのものがいなくなってしまう。
サッカーの未来を守るためにも、テイラーの声は、私たち全員が耳を傾けるべきメッセージだ。
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