タイラー・モートンのリヨン移籍は、ここまで完全な成功と言っていい。
本人もまた、リヨンでの日々を心から楽しんでおり、「とてもフラストレーションが溜まっていた」と振りかえり、退団の決断が正しかったと感じている。
子どもの頃から応援してきたクラブでリーグ優勝を経験する。
それだけでも、多くの選手にとっては夢のような話だ。
モートンにとっても、その経験は間違いなく特別だった。
ただし同時に、前シーズンを通してプレミアリーグで1分も出場できなかった現実が、
彼の心に大きな葛藤を残していた。
「若い頃の自分なら、喜んで飛びついていた」
英紙 Mail の取材で、モートンは率直な胸の内を明かしている。
「リヴァプールのファンで、子どもの頃からのレッズとして、若い頃の自分に『プレミアリーグ優勝チームの一員になれる』と言われたら、喜んで飛びついていたと思う。それくらい、何でもしたと思う。信じられない経験だった。でも同時に、とてもフラストレーションが溜まっていた。自分のクラブで、愛しているクラブだったからこそ、本当に勝ちたいと思っていた。リヴァプールの選手でいたかった。だから、出ていかなければならないと気づいた時は本当に辛かった」
「準備はできていた。でも、状況があった」
モートンは、自分自身がリヴァプールでプレーする準備はできていたと感じていたという。
「自分はリヴァプールでプレーする準備ができていると感じていた。でも、監督が変わるし、スタイルも変わる。ライアン(フラーフェンベルフ)、ドム(ソボスライ)、アレクシス(マクアリスター)の後ろでプレーすることになる。彼らはみんな、本当に信じられないくらい素晴らしいフットボーラーだ。そのことは理解していた。でも今は、リヨンで本当に楽しくプレーしている」
レヴァークーゼン移籍未遂と、シャビ・アロンソ
現在は1500万ポンドの移籍金でリヨンに加入しているモートンだが、2024年夏にはレバークーゼン移籍の可能性もあった。
当時のレヴァークーゼンは、元リヴァプールのシャビ・アロンソ率いる無敗優勝直後のチームだった。
「フェイスタイムでアロンソと話すことができた。自分にとっては本当にすごいことだった。子どもの頃、すごく憧れていた存在だった。父と一緒に公園に行って、ピッチでのシャビを真似しながらロングパスを蹴っていた。でも、リヴァプールの判断で残ることになった。思っていたほどの出場時間は得られなかったけど、クラブにとっては本当に素晴らしいシーズンだった。プレミアリーグを制したチームの一員でいられたことは、信じられないくらい特別な気持ちだった。最高の選手たちと一緒にトレーニングすることで、自分は選手として成長できたと思う」
「答えは、イングランドを離れることだった」
最終的にモートンは、居心地の良い環境を離れ、海外での挑戦を選んだ。
「時には、答えがイングランドやプレミアリーグに残ることじゃない場合もある。別の国のビッグクラブに行って、たくさん学ぶことが必要な時もある。今、間違いなく自分自身を見つけつつある。ここでは本当に幸せだ」
リヴァプールに残る“生涯の仲間”
クラブを離れても、リヴァプールで築いた人間関係は今も続いている。
「友人や、一緒に育ってきた人たちは、自分がビッグクラブでプレーする準備ができていることを分かってくれていた。リヴァプールには一生の友人がいる。コナー・ブラッドリーとは11歳か12歳の頃から、ジャレル・クアンザーとは4歳か5歳の頃から知っている。ハーヴェイ・エリオットとは本当に近い関係だ。彼らは一番の仲間だ。イングランドに戻れば会いに行くし、できる時は自分の試合も観てくれる。あれだけ高いレベルでプレーしている選手たちからフィードバックをもらえるのは本当に嬉しい。フットボールの世界で、ああいう友人がいるのは本当に素晴らしいことだと思う」
リヴァプールでの優勝という夢を叶えながらも、
プレーできない現実に向き合い、
新たな道を選んだタイラー・モートン。
彼の言葉から伝わるのは、
後悔ではなく、納得と前向きな覚悟だ。
そして今、リヨンでの挑戦は、
その決断が間違っていなかったことを静かに証明し続けている。
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